日本ボクシング連盟の

山根明会長

に、世間の注目が集まっていますね。

山根明

各都道府県のボクシング連盟から過剰なおもてなしを受け、自身の出身県の選手が不利な状態でも勝利させるなど(奈良判定)、スポーツの世界では絶対にあってはならないことを今日まで平然と行ってきました。

 

日を追うごとに様々なことが少しずつ見えてきましたが、肝心の山根明会長の経歴やボクシングをしていた現役時代のことはあまり表には出てこないようです。

 

ということで今回は、山根明会長の謎めいた経歴や、現役時代の成績、さらにはボクシング経験は本当にあるのか?などにも迫っていきたいと思います。

 

山根明会長の経歴は?

山根明

これだけ話題になっておきながら、素性が見えてこない人も珍しいですよね。

山根会長の経歴とはどんな感じなのでしょうか?

 

名前:山根明(やまねあきら)

生年月日:1939年10月12日

出生地:大阪府堺市or大阪十三

出身校:大阪市立十三小学校 大阪市立十三中学校

 

出身校を見るとわかるように中学までの情報までしか挙がっていません。出身高校がどこなのかははっきりしておらず、果たして高校も行っていたのかどうか・・・というところです。

 

日本ボクシング連盟理事(1991年)

国際アマチュアボクシング協会常務理事(1994年~2002年)

シドニー五輪ボクシング日本代表監督(2000年)

日本ボクシング連盟副会長(2010年)

日本ボクシング連盟会長(2011年)

日本ボクシング連盟終身会長(2012年)

日本大学客員教授(2018年4月~)

ラグビーの悪質タックル問題に揺れる日大の客員教授とは驚きですねぇ^^;

しかもタックル問題の約1ヶ月前に就任しているのがまた皮肉なものです。

 

これら以外にも、

ボクシングナショナルチーム監督

強化委員会の委員長

アジアボクシング連盟の常務理事も歴任していました。

 

山根明会長の現役時代の成績やボクシング経験はそもそもあるの?

山根明

実は山根明会長の父親元ボクサー

名前は文鳳基。←韓国人なんですね。

父親は、大阪府堺市でボクシングジム「平和クラブ」を経営していました。

 

10代後半あたりは山根会長の情報は非常に乏しいのですが、父親が元ボクサーということもあり、15・16歳頃からボクシングを始めていたという情報くらいはわかっています。

10代から始めたとなるとキャリア的には十分な年数ですが、試合経験はなかったそうです。

 

そして、20歳頃から反社会的勢力の方との交流があり、10年ほど出入りをしていたとも。

その当時に、関西大学のボクシング部監督だった故・清水義彦氏を師と仰ぎ、そのもとでアマチュアボクシングを勉強していました。

清水氏に同行し、関西の大学で指導していたこともあるそうです。

 

その後は、別の大学で技術コーチをしていた30代の頃、国体と全日本選手権を控えた奈良県連盟の選手の強化、さらに組織の立て直しの申し出があり、この申し出を受けました。

これがアマチュアボクシングとの関わりのきっかけであったということです。

山根明

その後は日本代表監督を19年間という長い期間を務め、幹部として出世していきました。

 

 

若かりし頃から現在までを追ってきましたが、現役時代はそれほど実績もなく、どちらかというと指導経験のほうが長いようですね。

しかし、選手時代の実績は指導する側にとっては、あまり意味を持たないものなのでしょうか?

 

ボクシングを始めた当初は試合経験もなかったなんて話ですが・・・よくここまで上り詰めたものですね。

 

まとめ

山根明

いかがでしたでしょうか?

山根会長の現役時代やボクシング経験などもお伝えしてきました。

 

謎に包まれた生い立ちで、あまり詳細が見えてこないのですが、現役時代やボクシング経験についてはあまりパッとするものではなかったですね。

 

その代わりに、指導する側として花開いた感じがあるのですが、名のある指導者に付いてここまでのキャリアを積んできたこともあり、ボクシング選手としての実績がなくても偉い人との立ち回り方の上手だったからここまで這い上がってこられたと想像することもできます。

 

今後のアマチュアボクシング界の行方が気になりますね。