4月1日はエイプリルフールですね^_^

なぜだか知らないけれど、嘘をついても許される日。まぁ許されるか許されないかは、ついた嘘のレベルによるのでしょうが^^;

あまりにひどい嘘ならそれはただの「詐欺師」ですからね~(笑)

でもどうして年に一度、エイプリルフールは嘘をついてもいいんでしょうか?どうしてそんな訳のわからないルールができたんでしょうか?

実はエイプリルフールの起源はいろーんな説があるんですよね。

ということで今日は、4月1日のエイプリルフールの起源について、数ある説のうちの最も有名な説について調べてみました♪

 

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フランス王シャルル9世のせい?!

実は起源のはっきりしていない4月1日のエイプリルフール。色んな説があるらしいんですが、最も有名で伝えられている説は、

フランス王シャルル9世のグレゴリオ暦採用説

昔のヨーロッパでは、3月25日を新年として、4月1日まで春の祭りをしていたんですね。

これが1564年に、フランスのシャルル9世が1月1日を新年とするグレゴリオ暦を採用することに決めたんです。

個人的にここまでは「ほぉ~、なるほど」って感じなんです。でもね、

 

当時のフランス国民は反発するわけですよ。

 

私からしたら「日にちが変わるぐらい、なんてことないじゃんねぇ~」くらいにしか思わないんですけど・・・当時の人々にとっては重要で、ホントに納得いかなかったんでしょうねぇ。

で、反発した人々が4月1日を「嘘の新年」として馬鹿騒ぎして祝っていた、というわけだそうで^^;

でも、大丈夫?当時は王政だし、ヘタに抗議したりすると捕まったりしないか心配じゃないですか。

 

で、やっぱりここで終わらなかったんですよね・・・

 

4月1日の「嘘の新年」を祝っていた人々に対して、シャルル9世が激怒しちゃいます!(あ~ぁ、王様怒らせちゃった)

町でこの日を祝っていた人々を次々逮捕して、ついには処刑してしまったと・・・

 

ひぃ~!!お、王様ぁ~・・・あんまりですぅ!!!

 

この説が本当だとするなら、当時捕まってしまったフランス国民は本当にかわいそう(泣)

しかし、この出来事を忘れないように、そしてフランス王シャルル9世への抗議として、その後もエイプリルフールが語り継がれて、4月1日は盛大に祝うようになった・・・というのが一番伝えられている説なんですよね。

いやぁ~、やっぱり昔から強いですね、フランス国民は。フランス革命も起こせるわけだ、うんうん。

 

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シャルル9世って?

歴史上の人物に、「病気がち」という事はよくあることですよね~。

シャルル9世もその一人。幼少時に結核にかかってしまい、とっても病弱だったそうです。

兄のフランソワ2世も若くして亡くなってしまい、その後をシャルル9世が継いでいくんですが、驚くことに、

 

10歳で王の座についたそうで^^;

 

いくら王位継承の順番があるったって、10歳の男の子が継ぐんですよぉ・・・いくらなんでも、国のこと考えてもうちょっと考えたらどうなの(汗)

実際には、事件を握っていたのは母のカトリーヌ・ド・メディシスだったということですが。こういうのもまた可愛そうですよね。親子のようなそうでないような、しかも王様はただのお飾りじゃないですか。

しかも、父以上に慕っていた側近を亡くしたので、心細かっただろうと思いますよ。

23歳という短い生涯で、子供の頃から王座について、孤独な一生だったかと思うと何だかなぁ~・・・。

エイプリルフール発端のエピソードはひどいけど、シャルル9世にも同情しちゃうなぁ。

 

まとめ

さて、いかがでしたか?

シャルル9世が、エイプリルフールが語り継がれるきっかけになったという説ですが、起源であるという確証に欠けているので、あくまで仮説というところで留まっているわけなんですねぇ。

エイプリルフール、今となっては本当に何気ないイベントですよ。

でも、いちいちそれについて細かく調べることってないですよね。でも、単純に楽しいイベントであると思いながら、事の由来を調べてみると意外なきっかけであることがわかって、一瞬考えさせられます。

遠い昔の出来事が語り継がれて今に至ってるって、よく考えたらすごいことですね!

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